こんにちは!マレーシアで思春期男子×2を子育て中のSachiです。
母子でマレーシアに移住をして、気づけばあっという間に5年が経とうとしています。
振り返ると「あっという間だった」と感じる一方で、その中身はとっても濃くて、毎日がドタバタ、事件の連続・・・そんな5年間だったように思います。
日本の教育を受けてきた私(母)にとって、イギリス式カリキュラムの学校に通う子どもをサポートするというのは、毎日が手探りの連続でした。 親の自分が常に新しいことを学び続ける、そんな5年間だったし、日本に戻るまでの間は、きっとこれからもずっとそうなのだろうと感じています。
見知らぬ土地に移住をされた方々は、きっとそれぞれの場所で、それぞれ見えない努力をずっと積み重ねてきたと想像します。移住前に想像していた「きらきら海外生活~」とは異なる、努力、苦労を積み重ねてきた方も多いのではないでしょうか。
今日は私のマレーシア母子移住、5年間の子育てを振り返って、子どもたちや私の変化、学んだことや今の立ち位置など、いろいろなことを備忘録的に書き綴ってみました。
海外移住は、親も学び続けるということ
この5年間をふり返ってみると、常に何かを学び続けている(そうしなければいけない)自分がいました。海外で子育てをするということは、いろんなことが、親子共に初めてのことばかりなんですもの。
もし私たちが日本で生活していれば、子どもたちのサポートは容易だったと思いますし、いざとなれば子供に合った場所(地域活動、習い事や塾など)に送り出りだす選択肢は多々あったはずです。
もちろん今も、子どもを「支える」という気持ちに変わりはありませんが、海外での教育環境の中では、その立ち位置が少し変化していったように思います。
たとえば教育に関して言えば、息子たちの通うイギリス式カリキュラムの学校では、どこが到達点で、何が評価されて、どんな宿題やテストが出題されるのか。私が日本で受けた教育・経験とは大きく異なっていました。
子供たちの編入当初は、
「この課題はいったい何を求めて作られたのだろう」
と、頭の中が???だらけでした。
そして、その???は何年たっても常に発生し、Primary、Secondary、IGCSE、A levelと、学年が上がれば求められる力はどんどん変化し、ずっと、その繰り返し。そんな中で、親も子も少しずつ、その「カリュキュラムが生徒に求めているもの」を理解していきます。(シラバス見るのも良いですよ💡)
「私も分からない、だから一緒に調べよう?」
子供たちにそんな風に向き合う姿勢は、きっと日本カリュキュラムで学ぶよりもはるかに多かったと思います。そういう意味でも、海外母子教育移住は、子どもだけが成長する環境ではなく、親自身も変化していく環境なのだと思うのです。
海外でシングル子育ては、決して楽なことではないですし、周りの環境や状況により、誰かを頼るよりも「自分で自分を支えなくてはいけない」ことも多々あると思います。それでも、同じように悩みながら進んでいる方々がいるということを思い出すと、少しだけ気持ちが軽くなりませんか?
完ぺきではなくても、全部を把握できていなくても、それでも子供たちのそばで、一緒に考え続けていますよね。その積み重ね自体には、間違いなく私たちの人生に意味があるのだと思っています。
カリキュラムの違いで直面するハードル
日本の教育を受けてきた親にとっては、日本の学習の流れや評価の基準は比較的見えやすく、自分自身の経験と重ねながら理解することができますよね。
でも海外カリュキュラムでは、その見通しが一気に曖昧になると感じています。
カリキュラムが違えば、重視される力も変わるし、暗記や正確さだけでなく、思考力や表現力、プロセスそのものが評価の対象になることも多くて、「どこまでできていれば評価されるのか」が分かりにくいと感じることが多かったです。
編入当初は、家庭でどこを補わないと、学習の「抜け」を埋められないのか・・・いろいろと戸惑うことが多くありました。
子どもは日々の中で少しずつ理解していきますが、親は授業を受けられない分、断片的な情報から全体を想像するしかありませんでした。
そして同時に、「情報の集め方」の難しさも感じています。
日本のように体系立てて整理された情報が少ない中で、学校からの連絡、先生とのやり取り、他の保護者の話など、さまざまな断片をつなぎ合わせながら理解していく必要があります。
最近は、留学エージェントさんやグローバル教育を推進している塾など、情報の取りやすさは格段に向上したと感じていますが、それでもこのプロセスは、思っている以上にエネルギーを使います。
でも、そうしてアンテナを貼り巡らせることで、最初は分からなかったことが、後からつながる、「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間が、少しずつ増えてきました。
それと同時に、「親ががんばらなくちゃ」いけないと思っていた時代は気づけば終わりを迎え、子供達自らが「ちゃんとその環境の中で学び、前に進んでいる」というフェーズに入ったことに気づかされると思うのです。
親は全部を把握することよりも、迷ったときに一緒に考えるお兄さん・お姉さんのような存在でいられること。IGCSE、A levelの時代には、親が頑張りすぎるよりも、子ども自身が「何をどう学び、どう行動すればよいか」を自覚し、自走している状態が望ましいのだと、現在進行中で心の底から感じています。(長男Year11)
当たり前ですが、海外にいても、思春期は訪れる!
海外で子育てをしていると、「環境が違うからこそ得られるもの」に目が向きがちですが、どこにいても変わらず訪れるものがあります。それが、思春期!!です。
我が家の息子たちは、現在日本の高1、中1に該当しますが、W反抗期で、海外母子生活は一言で表現できないくらい、大変なことも多いです。(一緒の空間にいることに耐えられず、何度家出をしたことか・・・(私が))
移住当初は、なんだかんだと親の存在が大きく、親の声は子どもに届きやすく、比較的まっすぐに環境に適応してきたように感じていました。けれども、慣れと成長とともに、少しずつ「自分」というものがはっきりしてくるものです。
海外で育つ子どもたちは、日々の生活の中で「複数の価値観」に触れていますよね。
学校では英語で考え、友達との関係性も日本とは違うルールの中で築かれる一方、家庭では日本語で会話をし、日本的な感覚も大切にしている。
でも、どこにいても、思春期には、そんなmixされた価値観や心身の違和感が少しずつ表に出てきます。
顔を合わせる時間そのものが減ったり、急に距離を取るようになったり、これまでスムーズにできていた会話がなんだか噛み合わない。日本にいても起こる変化だと思いますが、海外という環境では、そこにさらに「言語」や「文化」の要素が重なって、一筋縄ではいかないこともあるように思います。
思春期は、子どもたちが自分の世界を広げていっている最中なので、「どこまで関わるか」という距離感は本当に難しいです。
支えたい気持ちはあるけれど、踏み込みすぎない方が良いよなと思ったり。
海外の田舎という環境下では、親子関係がとても近いので(どこにでかけるのも車が必要)、その変化が少しだけ強く、はっきりと感じられるような印象です。
海外子育てで、母が家庭で何ができるかを考えてみた
思春期に入ったことども立ちには、アカデミック面よりも、精神的なサポートが一番大切になると感じています。
とはいえ、息子たちの思春期突入を初めて経験した頃の私は、
恐ろしくだらしなく、悪態をつき、理由も言わずにイライラつっかかってくる、言葉も態度も悪い!そんな彼らと、何度も何度も何度もバトルを繰り広げていました。
でも、その連続で、心身がとっても疲弊してしまうんですよね。
疲れちゃいました。。。
だから、ちょっとだけ彼らの立場を想像してみたり、彼らを理解しようと「思春期の子育て」について調べまくりました。
そこに海外母子生活を掛け算すると、結局、言語も違う、考え方も違う学校の中で、子どもたちは一人の人間として、自分の力でそれらに向き合って帰ってきていること、かなりのエネルギーを使って帰宅していることは理解してあげなくちゃと改めて思うようになりました。
家でだけは「素の自分」でいられる場所を作ってあげたいなと。
それからもう一つ、言語面でも、思春期の子供たちの家庭での役割はとても大きいと感じています。
学校では英語が中心になるからこそ、日本語で深く考えたり、自分の気持ちを表現したりする機会はどうしても限られてしまいます。でも、特に高学年でインター編入をした長男は、自分の母国語(日本語)で深く思考することで、より深い考えが言語化され整理できていく。自分という人間の土台作りに必要な母国語の運用能力を高める親の声掛け、言葉選びは、本当に大事だなと感じるようになりました。
思春期は、親が子供の手を離して、そっと見守ってあげなきゃいけない時期。
必要なときに手を差し伸べられる距離にいながら、普段は少し引いて見守るというバランスを探し続けることが、今私が出来る、最善かつ最大のサポートなんだと感じています。
これでいいじゃん、と思える子育てをしよう!
多民族・多国籍のマレーシアでは、子育ての基準・価値観は家庭によりそれぞれで、学校でも先生によっていう事は違うし・・・なんだかんだと曖昧さを感じることも多いです。
みんな違ってあたりまえ、だから「ザ・正解」なんて一言でくくれないんですよね。
それでも、子どもたちが困難に直面することがあると、
「本当にこの選択をしてよかったのか」
「日本にいた方が良かったのかな」
と考えを巡らせてしまうことは何度もありました。
でも、5年という時間を過ごす中で、その時その時で考えて、悩んで、選んできたことは、その時の自分たちにとっての最善だったと思うんです。
今はもう、子供たちが笑ってくれてさえいれば、もう、「これでいいじゃん!」って心から思います。
SNSで同じように海外で子育てをしている人を見ても、目的も、環境も、子どもの性格も、すべて違うので、誰かのやり方がそのまま自分に合うとは限らないし、逆に、自分のやり方も誰かと同じである必要はないんですよね。
大事なのは、ありのままの自分たちを受け入れて、納得しながら進んでいくこと。それに尽きると思います。だって子供たちに幸せになってほしくて、ここで子育てをすることを決めたはずですから😊
まとめ|これからのこと
子どものために選んだ環境でしたが、実際には、この5年間は私自身も学び続ける日々でした。
きっとこれからも、「これでいいのかな」と迷うことはたくさんあると思います。
環境が変わっても、子どもが成長しても、その時々で新しい悩みは出てくると思います。
それでも、子どものそばで一緒に考え続けていること、その一瞬、一瞬が、もうすぐ巣立つ子供たちと私の間で、何より大切なものなのではないかと感じています。
私の場合、海外での子育ては全然きらきらしているものではなくて、深い学びと気づきの連続だったように感じます。そして、私と同じように悩みながら進んでいる方がこの国のどこかにいると思うだけで、少し心が軽くなったりもしています。
これからもきっと、試行錯誤は続いていくと思いますが、でもその中で、自分たちなりの形を少しずつ見つけていけたらいいなと思います。
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